10月14日(日)
(前日の続き) 屋形船で一席講談を読むお仕事。 凌鶴の講談に酔いしれたお客様に握手をしていき、 一番端のお客さんと握手を・・・握手したと思ったんだけど、 その手に引っ張られるように、海の中へドボン。 気づいてみれば、乗っていたはずの舟は近くに見当たらず、 声を出しても、返事が返ってきません。 「待てよ、遭難か?そうなんです、 って洒落を言ってる場合じゃないぞ。 水の中で、着物が重く体にのしかかって 背に腹は代えられない、脱ぎ捨てよう、上半身裸だ。 でも下半身は全て脱ぐと救出時に恥ずかしいぞ。 ステテコ以外は、捨ててこうっと」 夜だから真っ暗です。 高座前には食事をとらないから、腹が減って仕方がない。 「ごちそうしてもらえると思って、昼抜いて来ちゃったんだよな〜 泳ぎは苦手だからな〜そういえば芸界を器用に泳ぐこともできなかったな〜」 入門してからの8年間を走馬灯のごとくに振り返り、 苦しくも楽しい生活で、たいした活躍はできなかったなあ〜 などとつぶやいております。 と、そのとき、遠くの方からやって来た大きな波。 「あ、大きな波だ。あの波に呑み込まれちゃうんだろうか。 そういえば、凌鶴の講談は、いい時と悪い時と波がある、 なんてよく言われたよな〜。 あの波から外れると、並外れた奴になるんだろうか。 あああああ、呑み込まれる〜ブクブクブク・・・・ おや、生きているぞ。助かったのか。 月が波間に浮かんでいる。風情があるな・・・ なんて言ってる場合じゃないぞ。 月が波に映っている。月並みって事じゃないか。 俺の芸は月並みか?月並みの芸で終わってしまう前兆か?」 と、その時やってきた青い波。 月に照らされているから、夜でもその青さがわかります。 「今度は青い波か。英語で言うとブルーワーブ。 しまった、プロ野球はブルーウェーブを応援したことがないからな。 これは助からない前兆だろうか。 待てよ、うちの師匠はイチロー物語をお作りになっていたぞ。 俺だって、ギャグを多少なりとも提供したはずだ。これは助かる前兆か? でも待てよ。師匠のイチロー物語は中学時代で終わってしまうんだった。 ブルーウェーブにはいる前だ。 やはり助からない前兆だろうか。あああああ、ブクブクブク・・・生きている」 だんだんと疲れて来る。意識が遠のいていく、そのとき(張り扇×6) 頭の中に浮かんで来た旋律、 名も知らぬ遠き島より流れよるヤシの実一つ。 いい歌だな〜。 と、この時、頭をコツンと叩くものがございます。 見れば、ヤシの実・・・ではなく、一本の取っ手付きのペットボトル。 銘柄は「オーイお茶」と、書いてある。 「日本人はお茶を捨ててしまったか。 日本人のエコ意識はここまで落ちたか。 俺なんかちゃんと第2・第4月曜のペットボトル回収日に出しているのに。 このペットボトルはリサイクルされず、 この俺は、海の藻くずとなってリサイクル・・・ あれ、中にまだ少し残っているぞ」 ふたを開けてみると、お茶のい〜い匂い。 あっという間に飲み干してしまいました。 空のペットボトルに捕まると、これが何と浮き輪のよう。 と、突然現れた生き物。 ペットボトルに手と足が生えているという、 「あなたは誰です?」 「あたしはペットボトルの神です」 「なんと、安易なネーミングですね」 「話し手の凌鶴の力量不足だから仕方がないのです。 あたしは一度あなたに助けられたことがあります」 「そうでしたか?」 「可燃物のボックスに入れられた私を見つけ、 こんなところに入っていたら、燃やされちゃうぞ、 と優しい言葉をかけてくれました。 そして、ペットボトル回収専用ボックスに入れてくれたのです。 そのお礼に命を助けてあげましょう」 芥川の蜘蛛の糸のような展開に、 「じゃあ、私の足に取りすがる者がいても、振りほどいちゃいけないんだな、 振りほどいたら、カンダタになってしまう。 俺は神田ではなく、田辺だ」 こう考えたとたん、ペットボトルの神の姿は瞬く間に消え、 気づけば、足を引っ張る者がございます。 「兄さん、駿之介です。助けて下さい」 「うーん、駿之介は師匠に気に入られているからな。 ここらで振り落としておきたい所だが、 ここで振り落としては、カンダタになってしまう〜」 「凌鶴さん、銀冶です。助けて下さい」 若い女性が、俺の足を握ってくれるなんて、滅多にないことだ。 でも重い〜苦しい〜、カンダタになってはいけない。おれは田辺だ〜」 後輩思いの凌鶴、たとえこの身は海の藻くずとなったとしても、 後輩はすくわなければ〜 「おーい、おーいお茶を持った人〜大丈夫か〜?」 メカジキ漁に出ていた漁船から声がかかります。 なんと、名前がイッカク丸。 日頃の凌鶴の行ないが良かったのか、 あるいは船の名前が良かったのか、 カンダタではなく田辺という名前が良かったのか、 10時間に渡る漂流も、無事救出と相なりました。 これもひとえにペットボトルのおかげで。 すぐに病院に搬送。 面倒くさぇなと言いながら、見舞いに来た駿之介くん 病室に置いてある空のペットボトルを掴み、 「これ捨てときますね」 「ちょっと待って。捨てるんじゃなくって、 ペットボトル専用の回収ボックスに入れてもらえる?」 一部始終を話すも、駿之介くん要領を得ない様子。 兄さんが見てなきゃ、どこに捨てたって構わないや、 という顔をしております。 ここで、きちんと分別されなければ、 助けられたのは実は夢であり、 ペットボトルを握りしめながら、 凌鶴が水死体となって発見されるという展開にならないとも限らない。 こう思いまして、 「絶対に、ペットボトル専用の回収ボックスに入れてほしい。 これはほんのお礼だよ。くれぐれも頼むよ」 こう言って、気前よく、破格の1万円を渡しました。 新作講談「ペットボトルに助けられた男」の一席。
by ryoukakunokai
| 2007-10-14 23:05
| 凌鶴日記
|
ファン申請 |
||